| Q. |
このサイトの「依頼先」ページに、「住宅は建築家の登竜門にして到達点である」というコメントをお寄せくださいましたが、なぜそうお考えなのですか。 |
| A. |
たとえば、劇場や美術館などの建築は、人間の営みのなかでも特殊な用途のためにつくられます。そこに関心がある人だけのものといってもいい。
これに対し、人は誰でも住生活を送ります。地位や職業、年齢性別を問わず、すべての人にとってなくてはならないのが住宅。快・不快といった人間の根源的な感覚を扱う建築です。それゆえ個人住宅こそ、もっとも普遍性のある建築だと考えるからです。 |
| Q. |
とはいえ、個々の住宅は、それぞれの家族のものですよね。 |
| A. |
もちろん設計に際しては、施主の要望を汲み取り、満たすべく考えます。それを超えてさらに、普遍的な魅力を備えた住宅をつくりたい。おいしいものは誰が食べてもおいしいように、快適な家は誰が住んでも快適なはずです。 その家を訪れた他の人も「こんな家に住みたい」と思うような家、時代を超えて価値を失わない家を目指して設計する。それは当然、施主にとっても望ましい家になるでしょう。 |
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| Q. |
「住宅の普遍的価値」とはどんなところから生まれるのでしょう? |
| A. |
まず第一に生理的快適性、そして機能的利便性です。温度や湿度といった体感的なものと、部屋の構成・動線など使いやすさですね。次に精神的・心理的な快適性。ここには時代性も含まれます。なぜなら、現代はライフスタイルが多様化し、家族それぞれに価値観やプライベートな時間の過ごし方が異なる。住まいには、その全体を包み込むキャパシティが求められます。
家全体がワンルームのようなプランがもてはやされることがありますが、私の考えでは、きちんとした個人空間も必要です。個が確立されてこそ、家族全体がストレスなく集まることができる。さらに、個の空間でもコミュニティの空間でもない、曖昧な中間領域が重要ですね。その中間領域のひとつとして、私はパソコンを置くライブラリーを提案します。パソコンは1人に1台でも、プリンタやスキャナは共用で十分。ひと部屋に集めれば効率もよく、家族も自然に集まる。それぞれにパソコンを使いながら、食事どきとは違う話題、別種のコミュニケーションが生まれるでしょう。
これに加えて、とくに都市では防犯性が課題。安心して暮らせるということは、住宅の絶対条件です。ガードが堅く、侵入しにくい家であること。それでいながらなおかつ、景観としても美しく、外を通る人の目に楽しい。これらの要素はあらゆる住まいに通じる普遍的価値だと考えますし、常にそれを命題として設計をすすめています。 |